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2015年12月 9日 (水)

着物二十年① 花の青春時代編

着物を着るようになり、(数年のブランクはあるけど)今月で二十年になる。
社会人一年目のちょうど今頃、着付け教室に通い始めた。
お正月には毎年、祖母が着物を着せてくれるのが楽しみだったけど、腱鞘炎で、それが叶わなくなり、自分で着られたらなあと思っていたのだ。
そして、本当に自分で着られるようになると、お出掛けが楽しかったhappy01
着付け教室の新年会に、職場で着替えて参加した時のもの。赤い鼻緒が若い。Img038着付け教室では毎年、地区大会があり、振袖の部は(長襦袢を着て、帯を準備した状態から)六分で着なければならないdash
藤色の振袖は、地元の友禅作家の先生に、私のイメージで作って頂いた。
作家さんのご実家が京都・西陣の帯問屋で、なんとありがたいご縁であったかconfidentImg044晴れ舞台があったお陰で、一度やってみたかった「地毛で日本髪」風に結ってもらうこともできたheart04
しかし、茶色い髪での日本髪(風)はイマイチで、次回は洋髪にしようと、バッサリhairsalonベリーショートにして、先生に大叱られwobbly一年間、髪を切らないことを条件になんとか許して頂いたなあ。
先生は、古典的な振袖姿にアツイ想いをお持ちだった。Img075「女の甲子園」と呼ばれる全国大会は、海外からの来賓も多く、それは華やかだった。
前夜祭では、博多どんたくを披露。この当時は、歌って踊れたnote左端のクジャク頭が私smileImg074当時は、父が関西にいたので、大阪と京都で開催された時には、応援に来てくれた。
ある年の会場は、京都国際会館。Img069折角なので、友達と延泊し、憧れの「着物で京都」を楽しんだhappy01Img039京都では、外国人の観光客に大モテであった。
きっとこの時、一生分の人気運を使い果たしたに違いないcatfaceImg040_2着付け教室には、三年半通ったけれど、振袖&ふくら雀ばっかりやっていたような気がする。
二重太鼓は、サラッとしか習っておらず、後々苦労することにcoldsweats01Img068狂言が好きで、野村萬斎さんが来福される時は、友達とよく観に行った。
博多祇園山笠は、毎年のように徹夜で楽しんだ。若かったなあsmileImg049時には、着物で食事会もbeer右から二番目が草乃江。叔母のお下がり小紋で参加。Img065当時はお茶も習っていたので、多い時で週に二、三回着物を着ることも。(黄色が草乃江)
お稽古で知り合った友達とは、ずっと付き合いが続いている。Img047桜の季節の大寄せ茶会(朝日の茶会)は、今はもう無いと聞く。
博多周辺のお寺で、色んな流派のお茶会に寄せて頂けるとあって、毎年楽しみにしていた。Img072_211月の市民大茶会は、大濠公園周辺で。(真ん中が草乃江)Img050_2時には、批評おばさんのターゲットになることもあったっけなgawkImg054_2お正月恒例のチャリティー茶会では、毎年お点前をする機会があり、いい経験をさせて頂いた。Img041お稽古を辞めた今も、先生とはずっとご縁が続いており、今年はこのお茶会で、娘とお運びをさせて頂く。娘が粗相をしないかヒヤヒヤつつも感無量confidentImg051二十代の頃の私の写真を見て、娘に「ママの友達sign02」と本気で聞かれた(爆)
はあsign02そんなに変わったんかいなと思ったけれど、確かに・・・もはや別人だなcatface

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